「高畑の風土と歴史を語る集い」第2回例会に参加してきました
筆者は8年ほど前まで奈良市高畑町字本薬師東に住んでいました。その時期に町の古老から地誌を借してもらったことが郷土史に興味を持った原因だったことなどもあり、今も奈良の、特に高畑と京終の郷土史には興味を持ち続けています。その関係で、2024年4月に発足した「高畑の風土と歴史を語る集い」というグループに参加させていただいており、7月6日(土)に開催された第2回例会にも行ってまいりました。
会場は日本キリスト教団奈良高畑教会第二礼拝堂シャローム。キリスト教の礼拝堂というと洋風の建築のイメージで、実際少し離れたところにある本館?はそのような感じですが、この第二礼拝堂は高畑の町並みにふさわしい外観で、中も皆でくつろげる座敷などがあってほっこりします。
内容は前半、高畑の郷土史家の大槻旭彦先生による、高畑の春日社の社家と禰宜についてのレクチャー。高畑に軒を連ねた社家と禰宜の歴史を教えていただきました。春日社の社家、禰宜家が野田付近の北郷、高畑付近の南郷に分かれていたのは知っていましたが、北郷南郷は早くから形骸化して、事実上北郷、南郷の両系統が高畑に住んでいたということを知りました。
続いて、一般社団法人高畑トラストの佐久間信悟さんから、高畑に残った最後の禰宜家住宅である藤間家住宅の保全と改修について教えていただきました。私自身も改修のクラウドファンディングに参加したので、リターンツアーで改修後の完成形態は拝見したのですが、改修前の崩壊寸前の様子や、改修中の改修方針の葛藤の話、その後の活用の話など、興味深い裏話を多く聞かせていただきました。
筆者は春日移しの研究もゆるくやっているので、リターンツアーの時に伺った、藤間家住宅庭の祠が春日社摂社の移しだという話にとても興味があり、今回質問したのですが、それは実はあれは稲荷神社で、伏見稲荷から勧請したものだと否定されました。
非常に興味深い話が多く聞けたよい例会でした。継続して参加したいと思います。